
チョッキン、チョッキン。
この呪文が聞こえはじめると、
部屋の秩序は静かに崩れていく。
息子がハサミを覚えた。
使い方を教えた覚えは、たぶんある。
危なくないように、
ゆっくり、一緒に。
そのはずだった。
気づけば、
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お絵かき帳。
封筒。
紙であれば、
だいたい何でも切りたがる。
切るところまでは、いい。
集中しているし、
指先もよく動いている。
問題は、そのあとだ。
切られた紙は、
机の上にとどまらない。
床へ。
ソファの下へ。
気づけば、
部屋中に小さな紙片が散らばっている。
子どもがいると、
部屋が片付かない。
それは、もう分かっている。
でも、
チョッキンの呪文は強力だ。
一度始まると、
止まらない。
掃除機の出番が増えた。
前より、
こまめにかけている気がする。
そのせいか、
一日の終わりには、
案外きれいだったりする。
散らかす人と、
片付ける人が、
同時に育っている。
そんな気がした。
皮肉なものだが、
今日もまた、
チョッキン、チョッキン、
という音を聞きながら、
私は掃除機のスイッチを思い浮かべている。


