忘れられた砂場セット

公園の砂場には、不思議な現象がある。

いつ行っても、必ずといっていいほど「忘れ物」があるのだ。

バケツ、スコップ、正体不明の型抜き……。

あれは一体、誰が置いていったものなのか。

そして、持ち主のいないそれを、そっと使うのはやはりマナー違反なのだろうか。

その「公園の不思議」は、いまだ解明されないままだ。

その日、息子は砂場で機嫌よく遊んでいた。

シャベルで掘っては埋める。特に目的はなさそうだが、彼なりのリズムがあるらしい。

そこへ、同じ年頃の女の子がお母さんと一緒にやってきた。

見るからに元気いっぱいで、物怖じしないタイプだ。

その様子を見て、お母さんがたしなめるように言う。

「お兄ちゃんみたいなことしないでね」

なるほど、と腑に落ちた。

お兄ちゃんに揉まれて育ってきたからこその、この活発さなのだろう。

砂場の端で、私は勝手なプロファイリングを始めていた。

女の子は、少しずつ息子との距離を詰めてくる。

グイグイ来る笑顔に対して、息子は戸惑い、少しずつ後ずさる。

そのときだった。

女の子の足元に、例の「忘れ去られた砂場セット」が転がっていた。

彼女が興味本位でそれを蹴り上げると、舞い上がった砂が、ぱっと息子に降りかかった。

一瞬、空気が凍る。

けれど、緊張していた息子の顔に、ふっと笑顔が浮かんだ。

思いがけないハプニングが、彼の心の壁を崩したようだった。

二人の距離が、ほんの少し縮まった。

そう感じた瞬間だった。

「すみません!」

すぐにお母さんが駆け寄り、申し訳なさそうに二人を引き離した。

わざとではないことは分かっていたし、私はむしろ、そのまま一緒に遊んでくれたらと思っていた。

けれど、親としてまず謝り、その場を収めようとする気持ちも、痛いほど分かる。

子どもの世界に、大人はどこまで介入すべきなのか。

正解があるようで、きっとどこにもない。

「すみません」の一言で、せっかく開きかけた世界を閉じてしまう。

その線引きは、今の時代、ますます難しくなっている気がする。

お母さんに連れられて去っていく女の子の後ろ姿を見送ったあと、

息子はまた一人で砂を掘り始めた。

その姿は、砂場に残されたあの「忘れ去られた砂場セット」のように、

なんとなく所在なさげに見えた。

答えの出ない問いを抱えたまま、私はただ息子の背中を見守る。

そんな思考のループを断ち切るように、腰を上げた。

「……よし、帰ろうか」

声をかけると、息子がこちらを見上げた。

そこにある屈託のない笑顔は、まるで「しんぱいしすぎ」と言っているようで、少し救われた。

どうやら、こうして考えすぎてしまうこと自体が、

父親になったということらしい。