喋る本と、父の白旗

息子が夢中で遊んでいる本は、

私の知っている「本」とは、似て非なるものだった。

おばあちゃんが買ってくれた言葉図鑑には、

魔法の杖のようなタッチペンが付属されている。

イヌを突けば「ワンワン」と吠え、

ピアノを叩けば「ポロポロローン」と旋律を奏でる。

あまりの万能ぶりに、

私は早々に白旗を掲げたくなった。

「パパが教えることなんて、もう何もない」と。

だが、そんな無敵に見える「すごいやつ」にも、

存外あっけない弱点があった。

ある時、ぷっつりと音が途絶えたのだ。

さっきまであんなに饒舌だったペンが、

ただのプラスチックの棒になり果てている。

息子が、不思議そうにそれを振っている。

どうやら、電池が切れたらしい。

「こんなに凄いことができるんだから、

電気くらい自分でなんとかしてくれよ」

苦笑いしながら、ドライバーで裏蓋を開ける。

万能なシステムも、

小さな乾電池がなければ、

一文字も語ることはできないのだ。

その無力な姿を見て、

私は少しだけ、勝ったような気分になった。

新しい電池を詰め込み、

再びペンが「ワンワン」と鳴き始める。

息子はまた魔法を手に入れ、

私のことなど見向きもしない。

それでいい。

これだけ凄いやつに勝てるのは、

今のところ、

予備の電池を持っている私だけなのだから。