わが家の冷蔵庫は、やたらと冷凍室が広い。
購入するとき、私は容量より先にそこを見た。
野菜室でもなく、デザインでもなく、冷凍室。
ここが広ければ、だいたい安心できる。
根拠はないが、経験はある。
賞味期限が近づけば、とりあえず凍らせる。
食パン、肉、作り置き。
一度眠らせれば、時間は止まる。
少なくとも、気持ちの上では。
凍っている限り、それは「まだいける側」だ。
賞味期限は、参考資料になる。
いまのところ腹を壊したことはない。
この事実が、私の自信を静かに支えている。
だが、冷凍は万能ではない。
豆腐は、気づけば高野豆腐の遠い親戚になる。
こんにゃくは、歯ごたえを置いていく。
きゅうりは、もうシャキッとは言わない。
基本はいける。
だが、いけないものもある。
その境界線に少し詳しくなった自分がいる。
これもまた、父としての経験値なのだろう。
冷凍室は、過去の夕食と未来の安心が詰まった倉庫だ。
ぎゅうぎゅうに詰まっていると、なぜか落ち着く。
今日もまた、期限の迫った何かが静かに眠りについた。
私はその扉を閉め、
小さくうなずく。
時間は止まらない。
だが、少しだけ猶予はつくれる。
それが、わが家の冷凍室である。

